東京、あこがれ
とりあえず、卒制が終わりました。よって4年間の大学生活が終わりました。
うまく感情が整理できないけど書いて言葉にしないとわたしは忘れていくばかりだと最近分かったのでブログを書いている。どれだけ今しょうがなくても苦くてもつらくても泣いてもヘラヘラしても全て無かったことにして忘れたいと思っていても、忘れることは悲しいことだと思ってる自分がどこか真ん中にいるようで、面倒臭いけどもそれに従っています。
とにかく意地を張り続けた4年間だった。何に対してなのか、何のためなのか。本当に馬鹿馬鹿しいし惨めだと今は思う。自分の性格上できないことやしたくないことや譲れないことを守りすぎたし、自分を守っているだけということに気づきながら、やはりぬるぬると時間は過ぎていって振り返ってみるとあっという間すぎて驚いた。…まぁそれでも大学に入って良かったのは、まわりの友達に恵まれた、とかそういうことを軽く言うのは死んでもしたくないんだけど…恵まれたとは少し違っていて、“あこがれ”るような存在の人が同級生で近くにいたことが1番良かった気が、今はする。それは中・高校では全く無かったことで、新鮮だったし素直に嬉しかった。
わたしは東京で生まれて東京で育った。もうすぐ22になる。だから東京はあこがれの場所でもなんでもなくて、まぁそこそこの努力をして入ったこの大学もあこがれの場所でもなんでもなくて、日々を振り返ればただいつもぬるぬると時間が過ぎていくだけの、その時間がある場所に変わりはなかった。そこで友達の距離にいる人であこがれる存在ができたことは、多分わたしが4年間の大学生活を続けるためにとても必要だったのだと思う。理由が今は分からないけれど、そう思う。その子のような確固たる世界観と、内に潜んだ不穏な音にあこがれた。あの子がしてるような素敵な時計と、繊細すぎる心にあこがれた。彼女の撮る写真が好きで、彼女の書く詩のような言葉にあこがれた。あの人のような真っ直ぐさと、あの人の優しさにあこがれた。
しかしあこがれというものは厄介で、それを素直に解いて考えたり積極的に人付き合いをしていけばいいのでしょうけど、わたしはそれが全くうまくできずに終わりました。ただの子供なんですよね。
卒制も変に浮いたし、かっこよく浮いていればまだしも底抜けの舟状態でひどく惨めなものだった。それは明らかに自分の実力不足と不真面目な性格が原因で、先生に合わせる顔もなかったし、友達の言葉も信じれなくて苦しかった。秋頃に自分勝手に卒制のテーマを変えてからは先生とも気まずくて苦しみしかなかった。なんであの時反抗したんだろう。なんであの時自信もないのに動いてしまったんだろう。それでこの結果、ひどく惨めだ。。卒制の制作佳境の時は早く楽になりたいってことしか考えれなかったし、講評期間は不安で恐くて逃げたかったし、展示期間はわたしの味方でいてくれる数少ない人たち(それは家族とか)に申し訳ないって気持ちしかなかった。毎晩泣いていた。
それでも終わって数日たって今思うことがありますが、何を言おうがどんだけ苦しもうがテーマを変えたあの時、選んだのは確かに自分だったのです。誰の意志でもない自分の意志で先生に会いに行き、今のテーマは何か違うのでこっちがやりたいんですって言ったんですよ。さっき言ったようにいっぱい後悔の部分はあるんだけど、そこは後悔してないというか。あのままこの学科のこのゼミの雰囲気に流されて卒制をやってしまったとしたら、こんなに苦しんでなかったと思う。どっかの歌で聞いたようなありきたりなこと思っちゃって気持ち悪いけど、この不安な気持ちも毎晩泣いたことも自分が惨めで苦しんだことも、今は愛せなくてももう少し経ったら愛せる気がするんすよね。これすごい恥ずかしいんですけど誰も見てないだろうし言いました。
大学に向かう黄色い電車。泥だらけの道。寝坊したときに朝ご飯を買ういつものコンビニ。白い壁に当たる陽の光。サルスベリの赤い花。駅前のチキンカツ。大学近くのガラクタ屋。コンペイトウの実。無機質で嫌いな教室。馴れ合いの言葉。苦手な助手。寒い日のグラウンド。落ち着かない図書館。借りても映画観てる途中に寝てしまうだけの観賞室。食べづらいパン。まずい学食。校舎の裏の蚊取り線香。池の向こうの木。よくわからない木の実をいっぱい拾った。入ってはいけない部屋。夕日が映った窓。寝転がっただけの芝生。ギターを控えめに弾いたりした倉庫裏。下手でも音を鳴らしてみたボロボロなスタジオ。数回通っただけじゃ匂いに慣れなかった暗室。耳が痛くなるヘッドホン。固いコンクリート。絵の具だらけの道具。慣れない展示準備。傷だらけの指。時間を潰した昼下がり。何も流さないのにイヤホンを耳にして読む文庫本。真っ暗な帰り道。優しい味のするケーキ。たまに逢えるいつもの野良猫たち。無駄になった紙。無駄になった時間。あの駅の青い光。
こんなものたちが巡って、季節が何回も巡って、4年経ったみたい。
いつの間にかそっとそっと忘れてゆくのかもしれないなぁ、なんて。
今年の10枚 〜番外編〜
2014年の新譜以外で、今年よく聴いた10枚を選びました。順不同です。
American Football「American Football」
リイシューされた今年のタイミングで買ってもうずっと聴いてました。『Never Meant』を初めて聴いたときは全然古い音に聴こえなくて衝撃を受けた。今年の夏は『The Summer Ends』を聴いて儚さと切なさで自分を痛めつける行為をよくしていたなぁ。
ミツメ「mitsume」
いっこ前の記事でも4月の記事でも書いたけどとにかくこの1枚。確実に今年1番聴いたアルバムです。一瞬で心奪われたなぁ。最高に好き。。
Four Tet「There Is Love In You」
Four Tetは前からちょこちょこ聴いてたけど初めて盤を買いました。それでこれがスルメでどハマり。こういうエレクトロニカっていきすぎると拒否反応とかでちゃうんだけど、このアルバムは程よい柔らかさと控えめな高揚感があって聴いてて嫌にならない。最後の『She Just Likes To Fight』がたまりません。。
阿部芙蓉美「沈黙の恋人」
6月7月は阿部芙蓉美のこのアルバムしか聴いてなかったんじゃないかって時期があった。これ聴いてないと精神が正常に保てないみたいなかんじ…。特に『highway, highway』『君とあの海』『希望のうた』がお気に入りです。
Lowgold「Welcome To Winners」
LOSTAGEの五味兄がツイッターで呟いてて知ったバンド。とてもエモさがあって、うん、よく言えば青春っぽい感じがある。あと音が誠実だし、なんだろう、すごく良いんだよ。『We Don't Have Much Time』という曲名がこのバンドの魅力を表してると思うしこの曲は誰が何と言おうと最高だよ。
Predawn「A Golden Wheel」
ここ最近卒制で死んでた時にひたすらリピートで聴いてた。癒やしでしかない。Predawnと仲良い友達になって休みの日に一緒にふらっと公園に遊びに行って隣でギター爪弾いて歌ってもらうって妄想ばっかしてた。『Tunnel Light』が名曲。
くるり「言葉にならない、笑顔を見せてくれよ」
夏に旅先でよく聴いてた。このアルバムは通しで聴くのがすごい好きで、流れで聴くと純粋に『魔法のじゅうたん』でホロッと泣いちゃう感じとか、なんか田舎の風景と合ってたし、馬鹿馬鹿しいけど純朴な想いを思い出させてくれる。
Toro Y Moi「Causers Of This」
とにかく『Talamak』にやられた。聴いてるとすごい不思議な感覚に迫られるけど、どうしようもないくらい淋しい音がする。。『Talamak』からの『You Hid』の繋ぎとか素晴らしいとしか言いようがない。
シャムキャッツ「たからじま」
シャムキャッツは前から好きで数曲聴いてたけど初めてアルバムで聴いた。たまりませんね。『渚』は2010年代のアンセムと言っていいんじゃないですか。ロッキンで観た光景を忘れられません。
星野源「ばかのうた」
普段からよく聴く好きなアルバムだったけど今年は特に『くせのうた』をひたすら聴いていました。人からの好意とか期待とか、恐かったりして、自分が知らぬ間に変わってしまうのが恐くて、誰にも会いたくないときにひたすら聴いてました。“同じような記憶がある 同じような日々を生きている 寂しいと叫ぶには 僕はあまりにくだらない”
ざっとこんな感じです。疲れた。
今年の10枚
選んでみました。順不同です。
Aphex Twin「Syro」
課題で徹夜して寝不足の朝とかによく聴いてました。Aphex Twin 詳しくないし昔のアルバム聴いてそんなにだったけどこれは結構ハマりました。混沌からのaisatsanaで、緩やかに痺れます。。
Baths「Ocean Death」
なんか気づいたら聴きたくなって聴いてたし5曲入りだから短いけど何回もリピートで聴いてた。控えめでタイトな音にせよ切ない歌詞にせよ、わたしにとって異物感?みたいなものが全くなく体に染みてしまった。そんな音だった。
アナログフィッシュ「最近のぼくら」
このアルバムを聴いて改めて、このバンドすごいなと思いました。『Nightfever』に『はなさない』というアンセム…力が抜けているんだけど端の端までセンスがやばいです。腰抜けます。どれくらいかっていうと、“閉めきったウィンドウ 開けたら空だった” っていう歌詞にハッとさせられるくらいすごいです。
Real Estate「Atlas」
1曲目のド頭から最高です。暖かい陽差しが降り注ぐ電車の中でも、涼しい夜風が吹く時間帯にも、体調悪い時でも、とにかく気持ちが良いしよく聴いてました。流れる風と、空気。結んだと思ったら解けた。。そんな音。捨て曲ないです。
LOSTAGE「Guitar」
まぁなんといっても6曲目『Flowers / 路傍の花』の名曲具合ですよね。まわりを固める曲たちも素晴らしいです。わたしはこのアルバムを聴いて、LOSTAGEの音楽にこれからも焦がれていくんだろうなぁと、そう確信しました。
The Pains Of Being Pure At Heart「Days Of Abandon」
なんだかんだでペインズの新譜はちょこちょこ聴いてたから入れました。衝撃はなかったけど普通に良いアルバム。軽やかな気分の時にぴったりです。
きのこ帝国「フェイクワールドワンダーランド」
すっごい聴いたなぁ。昔も好きだけど今も最高だよなぁ。「渦になる」でもこの新譜でも思ったけど、きのこ帝国のもやもやした心象風景の中にある鋭い素直さみたいなものに胸を打たれる。。
Koji Nakamura「Masterpeace」
バラエティーにとんだ作詞家を迎えその魅力と、通して聴くとまとまりも充実感もあるアルバムで溜息がでる。なんかズキューンってきた曲はないっちゃないんだけど、完成度が高いので聴いてて気持ちが良いし純粋にかっこいい。ナカコーです。
ミツメ「ささやき」
今年入ってすぐくらいに初めてミツメの音に出会った。「ささやき」から入ったけれど、すごく好きになって他の盤も全部集めた。1stの「mitsume」はわたしの人生の、心の名盤と言っても過言ではないと思っている。それくらい今年はミツメをよく聴いた。。いつ何度聴いても懐かしいのに普通じゃない気持ちになる。もう何回も言ってるけど、ミツメの『タイムマシン』という曲はわたしの何かの輪郭に緩やかにフィットしてしまって…大袈裟かもしれないけど、出会うべくして出会った音楽な気がしたんです。それくらい大切な曲で、大切なバンドになりました。
阿部芙蓉美「ABEFUYUMI EP」
もうずいぶん彼女の虜なのですが、今年になって初めてインストアライブを見たというのがでかかったです。(そしてなんとサインももらった…手も声も震えた…)このEPはかなりサラッとしてるようで実はディープな大人っぽい1枚だと思います。しかし彼女の独特な気怠い切なさと冷たい美しさは健在です。。惚れます。
振り返ってみると今年は邦楽のほうが断然聴いてた年だった。特にミツメと阿部芙蓉美に限る。この2トップ。
10枚に入れられなかったけど他にめちゃくちゃ好きだったのは、Snowmine「Dialects」ジャケ買いして内容もよかった。Thom Yorke「Tomorrow's Modern Boxes」夜に1人でよく聴いてた。Tycho「Awake」安定のTycho。Bombay Bicycle Club「So Long, See You Tomorrow」発売当初あまりグッと来なかったけど最近聴き直したらやたらハマった。Gotch「Can't Be Forever Young」最後の『Lost』でいつも胸を打たれる。捨て曲ないから通しでかなり聴いた。
あとはART-SCHOOLとかOGRE YOU ASSHOLEとかColdplayの新譜もすごく聴きました。他にもいっぱい聴いて、良いのもあるし思い出せないのもあるなぁ。1年ってあっという間なようで長いのだな。2014年の忘れたくないことを、忘れないようにできるだろうか。
少しでも憶えていたいと、思います。
優しい人は今ごろ寝てる
「友達になってください」
この一言が言えなくて音楽を聴いているしギターを弾くのです。そんな生温い理由や言葉でもそれだけが此処にしがみつく意味になったりするのです。
何度も何度も何度も感動して、私や誰や彼に影響されて影響されて、君は目が回らないのか不思議だな。もしくは目が回って平衡感覚を失っているのだろうか。自分では分からないこと、それは自分自身が変わってしまったことで、それに気づいてしまうと本当死にたくなるよ。わたしだって変わらない努力をしていたことに、誰か気づいてくれただろうか…。優しい人は今ごろ寝てるから、この世界へ贈る
“理解などいらないし無音でいてほしい” と。
次の駅まで、次の駅までで何かが終わるゲームをしよう。舌の上に転がる飴でもいい、ちょうどよく消えるように終わるように。「酸っぱくて、なんか泣いた」って言ったあの子が切ない。恋って冷めるものというけれど、冷めたら終わりなのかなと思うよ。四角い飴ばかり舐めていた。それでも丸い飴が舐めれないかというとそうじゃないし、味が同じように酸っぱいなら何も気にならないだろう。それでもわたしに選ぶ権利があるのなら、四角い飴が欲しい。(変わりたいけど)変われないことも、裏をかえせば安心感なの。
あやうさ
なんとなく生きる。なんとなく生き続ける。わたしはなんとなく、生き続ける。
おばあさんは毎日絵を描いている。普通の紙と、普通の絵の具で。何を描いているのかというと、花。そこらへんに咲いている雑草みたいな花を描いている。おばあさんの絵は、花を綺麗に描くのではなく、素朴な花をそのまま描いているような絵だ。線や色からは派手さがひとつもない。それでも滲みきらずそこに在る花たちは、本当に揺れているように感じるし、なぜかその花の絵からは長い年月を感じる。足腰が弱いからおばあさんは屈めない。大きい絵になると家の外で立て掛けて描くそうだ。「毎日泣きながら描いてるのよ」と、彼女は笑いながら言った。
知らない人に手を振られた。知らない人だったから手を振り返せなくて、困った顔をしてしまった。知らない人だったと思う。知っている人だったらどうしよう、と一瞬考えたが、あの人は確実に知らない人だった。そんな考えがものの1秒か2秒でわたしの頭の中で浮かんでは消えた。
車に乗れば窓の外を眺めているだけで時間が進み景色が流れる。そんなことはないんだよ。常に体温は変わって、思考は巡って、言葉がこぼれ落ちて、窓から入る陽差しが強すぎてそれだけのことでイライラしたりするんだ。
会いたい人が結構いるのかもしれない。普段は話題が全然合わなくて、テンションも常に高い子だから会ってもしんどかったのに、この前会ったら少し元気がないように感じて、それだけでなんだかすごく心配で気に掛けてしまってる自分がいる。近いうちにまた会って話が噛み合わなくても話を聞いてあげたいと思ってる自分がいる。
さっきまでの窓からの陽差しで暖められた太ももが、気づいたら日陰になっていた。いつの間にか太陽は真上にいったようだ。気づくのが少し遅れただけで、その期間何も考えてなかったみたいに時間と空間がワープしたんだ。そんな鈍感で単純な僕ら。太陽はいつの間にか、またループするんだよと、まるで他人事みたいに言い合った。
voyeur → orator
Bathsの新譜『Ocean Death』がめちゃくちゃいいなぁ。。特に3曲目の“voyeur”から“orator”っていう2曲が自分にはとてつもなく刺さってしまった。心地よいのに尋常じゃないくらい切なくなるし堪らなく愛おしくなる。何に対してかは分からないけれど。。気になって歌詞の和訳を見てみたら余計に あぁ…ってなってます。タイトルも調べたら見る人→話す人 だった。
“voyeur”
i'm a bit of a mope
i'm always in
the wake of the hope that
イマジネイション
高台に暮らそう。西に景色が見える窓。遠くに海が見えれば尚いいけれど、霞んだコンクリートの塊に少しの緑でもいいし爽やかな風が見える坂道でもいいし等間隔に並んだ寂れた鉄塔でもいい。別に何が見えたっていいの。朝出かける前だったり夜更かしして昼まで寝てしまった日だったり。そこから何を見るでもなく、ただただ遠くに目線をむけるのだ。ぼやけた景色に思いを馳せれば、ほんの少しだけ優しい気持ちになれる気がする。自分の住むちっぽけな街をほんの少しだけ好きになれる、そのくらいの優しさ。コップに注いだ空気が泡立っては消え、また泡立って時には溢れてしまうのに、時間が経って残ったものはこんなにもちっぽけなように。ゆっくり考えればいつも行き着く先が、変われないことへの執着が、ひたすら僕らを苦しめますね。
『トニー滝谷』という映画を観ました。