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日没

東京はクリームソーダの街らしい

あやうさ

なんとなく生きる。なんとなく生き続ける。わたしはなんとなく、生き続ける。

おばあさんは毎日絵を描いている。普通の紙と、普通の絵の具で。何を描いているのかというと、花。そこらへんに咲いている雑草みたいな花を描いている。おばあさんの絵は、花を綺麗に描くのではなく、素朴な花をそのまま描いているような絵だ。線や色からは派手さがひとつもない。それでも滲みきらずそこに在る花たちは、本当に揺れているように感じるし、なぜかその花の絵からは長い年月を感じる。足腰が弱いからおばあさんは屈めない。大きい絵になると家の外で立て掛けて描くそうだ。「毎日泣きながら描いてるのよ」と、彼女は笑いながら言った。

知らない人に手を振られた。知らない人だったから手を振り返せなくて、困った顔をしてしまった。知らない人だったと思う。知っている人だったらどうしよう、と一瞬考えたが、あの人は確実に知らない人だった。そんな考えがものの1秒か2秒でわたしの頭の中で浮かんでは消えた。

車に乗れば窓の外を眺めているだけで時間が進み景色が流れる。そんなことはないんだよ。常に体温は変わって、思考は巡って、言葉がこぼれ落ちて、窓から入る陽差しが強すぎてそれだけのことでイライラしたりするんだ。

会いたい人が結構いるのかもしれない。普段は話題が全然合わなくて、テンションも常に高い子だから会ってもしんどかったのに、この前会ったら少し元気がないように感じて、それだけでなんだかすごく心配で気に掛けてしまってる自分がいる。近いうちにまた会って話が噛み合わなくても話を聞いてあげたいと思ってる自分がいる。

さっきまでの窓からの陽差しで暖められた太ももが、気づいたら日陰になっていた。いつの間にか太陽は真上にいったようだ。気づくのが少し遅れただけで、その期間何も考えてなかったみたいに時間と空間がワープしたんだ。そんな鈍感で単純な僕ら。太陽はいつの間にか、またループするんだよと、まるで他人事みたいに言い合った。